2019年06月18日

6月18日の記事

6年前くらいから、
自分のおかれている状況が劇的に

変化していて、その変化にともない、
自分の心のありようも大きく変化している。

例えば、変化前は、健康診断など怖くなかったし、
毎年のイベントくらいに思っていた。

だが、今は、怖くて仕方ないし、
大きな病になったらどうしよう・・・とか思うようになった。

せめて、あと20年は、生きていたいとも思うようになった。
生に対して執着するようになった。

何も持たない、何もない、まもるものもない、というのは、
ある意味つよいと思う。

私も何も持ってはいない。だが、まもるものはある。例えば、
仕事であったり、家族であったりと・・・。

時々、なにもかも放り出して、
個になりたいとも思う。

空想してみたりもする。
社会からの繋がりを失った時の

自分というのは、今以上辛いと思うので、
現状を維持するしかないと自分を慰めている。

結局、日々の出来事は
理不尽なことの連続であり、

9割9分辛いことであると私は思う。
1分の幸せを生き甲斐に生きるしかないのかと・・・。

Tシャツに染みついた焼き肉のタレの
残り香でご飯3杯食べられるくらいの

幸せ上手になりたいと今は思う。




  


Posted by 仏壇や at 12:40Comments(0)

2019年06月05日

6月5日の記事

価値観の問題なのか、
最近思うことがある。

昨年、デパートで売っているセーターに一目惚れし、
買おうか買うまいか、悩んでいた。

相方に「3万円のセーター買おうかな」と呟くと
「ええっ!!!3万円もするの~」と椅子から転げ落ちそうなくらい

驚きながら「やめておきなよ。〇△※◇で二千円くらいで買えるでしょう」と
と言われた。相方は、170円の出費にも文句を言うくらい

ケチなのだ。ケチは知っていたので、
そんなケチに呟くほうが愚かであることもわかっていた。

懇意の知人で、現在は年金受給し大家族同居している方がいる。
お茶のみ話しで「3万円のセーター買おうか悩んでいます」と
伝えると、

その方は「3万円ならば安いわよ。そのくらいはするものね」と
あっさり返してくれた。

この相方との違いは、潤沢な資産があるかどうかの違いなのか、
育ってきた環境なのか、わからない。

結局、悩んだすえ買わなかった。
その知人は、「ちょっとデパート寄ったら良いアウターがあったのよ」

買ったばかりのアウターを広げて見せてくれた。プライスカードがついており、
チラリとみると数十万円であった。

「すご~く素敵。値段も高いっすね~」と相方のケチが染みついてしまったのか、
言ってしまった。「そう?」と呆れ顔で返された。

アウターは本当に素敵で、それなりの価値はあるとは思う。
しかし残念なことだが、私の安月給では到底買えない。

来世あたりは、「ええっ!!そんなに安いのセーターって、たったの3万円!」
と椅子から転げ落ちてくれるような相方を選ぼうと思う。








  


Posted by 仏壇や at 10:04Comments(0)