2017年07月21日

なんだか崩壊しちゃってる

夫の学生時代の唯一の友人で、暑中見舞い、寒中見舞い、年賀状など
季節の挨拶文をまめにくれる人がいる。

京都の仏教系進学校出身の非常に頭の良い方である。
ハガキの余白をなくし、それも8ポイントくらいの米粒くらいの

小さな字で哲学的な内容が隙間なく綴られている。
夫に了解の上で読ませてもらうが
私には難解なのかシュールなのか、理解できない。

一瞬文面を見ると何かが崩壊しているように見える。
面白い友人がいるものだと思う。この友人からのハガキを貰う度に

夫の価値が上がる。
返事を書かないのか、と夫に問うと

「出す必要ない」とこちらは、あっさりと受け流している。
この関係性が良いのであろうと思う。

夫は、ごくごく普通の人であり、考えも中道でバランスが良いのに
友人は、個性的である。

この友人に家庭はあるのか、子供さんはいるのか、仕事はなにをしているのか
と背景を知りたいのだが、夫は「そういうことは関係ないんだよ」

と興味もなさそうである。
私のような人間には、このようなハガキをくれる友人はできないので

あろうと思う。



  


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2017年07月13日

7月13日の記事

今日は、香道のお稽古の日だった。
いつもならば、お着物を着ていくのだが、

弱っていた歯が欠けてしまい、
急きょ歯医者さんへ、そのため洋服での参加となった。

朝、愚息を送り届け、その足で
歯医者さんへいき、診てもらうと

結構大変なことになってそうな感じであったので、
とりあえず、香道のお稽古に送迎している方がいるので

その方を香道のお教室に送り届けてから、
出直しますということで、

急いで歯医者さんを出て、待ち人のもとへ
玄関を開けると、いつもならば待ち人は、着物姿で

待っているのだが、なぜかジャージ姿、
私の姿を見て思考がとまっているのが見てわかった。

「ああ~、今日香道だったわね、ごめんなさい、私
お休みしたいの」と言われ・・・。

内心、連絡を・・・。と思ったが、
とりあえず、「わかりました」と言って、すぐに

歯医者さんに戻った。
とりあえず、歯の応急処置をしてもらい、

明日また、続きの治療をお願いしてから、香道に戻った。
お稽古が終わり、談笑していると専務からの電話が鳴った。

「昼どうしたらいい」という俗世に戻されるような内容であった。
「今香道、自由に」と電報的な返答をして電話を一方的に切った。

そんなこんなで、お稽古が終わり、コンビニに寄り、自分のお昼を買って
店に戻ると専務が仕事をしていた。お昼を食べた様子がないので

「お昼はどうなさいましたか」と問うと
「別にいいよ」とふてくされている。

面倒くさいので「私の昼食べてください。無料であげます」と言い
私は、一人、店を出て、またお昼を買いに行った。

今日は、本当に疲れた。



  


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2017年06月29日

あたらしい縁。

日曜日の昼過ぎに重い内容の番組をやっている。
それを毎回録画し、じっくりと観るのだが。

今回の内容は、ニートに関するものであった。
2週にわたってとりあげられていた。

ニートの定義も私には、よくわからない。


彼らは、ニートと言っているが、
まったく稼ぎがないわけではない様子であった。

私がイメージしているニートではなかった。
家を借りて共同生活をしているあたりも、

以外であった。

血縁、地縁、社縁、友縁、のないところのつながり、
何で彼らは繋がっているのか、さぐっていたが、

能力の高さで繋がっているのではないかと思った。
学歴のある人、学歴ないけど地頭の良い人、漫画家の卵や

工学系、情報系の技術を持っている人などなど、
それぞれが、組織で働くことは苦手だが、個々人が

能力をもっている。無理のない範囲で稼ぐ人がおり、働いていない人をささえ
働いていない人は、食事の準備や住居の環境整備など、それぞれが支えている印象であった。

人が増えていき、仲間があつまり、新しいコミュニティに
なりつつあるような印象であった。

代表者の男性の話しでは、誰でも受け入れられるような
体制をとっているようで、家に居場所がない人が寄れるように

環境整備をしているとのことであった。
私がかりに、あのコミュニティに入ったとしても

凡人では、居場所がなく自らの意思で去っていくことに
なるのではないかと思った。

非常に興味深く、ニートという枠で
くくってしまって良いのかと思う内容であった。

これは、あたらし縁になるのではないかと
おもいながら観ていた。

最後は、おきまりのサンサーラで
しめとなる。

生きてる 生きている
生きることはサンサーラ


厚労省 ニートの定義
総務省が行っている労働力調査における、15~34歳で、非労働力人口のうち家事も通学もしていない方を、いわゆるニートとして定義しています。

総務省 非労働力人口とは
非労働人口は15歳以上の人口のうち、「就業者」と「完全失業者」以外の者


厚生労働省 政策について よくあるご質問 ニートの定義
http://www.mhlw.go.jp/bunya/nouryoku/other/faq.html)から引用
(2017.6.29)

総務省  政策 平成26年度 我が国の労働力人口における課題  非労働力人口 注釈13
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc141210.html)から引用
(2017.6.29)

  


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2017年06月28日

『お金と矜持のあいだ』

昨日は、歴史研究会であった。
日本の伝統産業についてというタイトルで

講義を受けた。
仏壇も伝統産業として名を連ねているが、

デザイン優位の現代に調和する仏壇は、
伝統産業といえるのか、と考えていた。

金工、漆工、蒔絵、彫刻、金箔などの技術も加わって
総合的な作品。と仏壇の説明欄に書かれている。

はたして、あのような仏壇は、この仏壇に該当するのか。
しないのか。

仏壇とは、こういった伝統産業の技術が施された
もので、安価では、とてもご提供できるものではないのです。

と、ご説明ができれば、ここまで伝統産業から乖離した
仏壇が需要を伸ばさなかったのではないかと思い、

超超零細企業の小売店の私が言うのはおこがましいが、
反省しているところである。

たしかに、簡単な仏壇は、売りやすいから日銭を稼ぎやすい。
しかし、そちらにシフトするのは、伝統産業の技術が衰退し、

ひいては、業界全体がゆるやかに苦しむことになるのではない
かと思っている。

うちも、そちらの市場が大きくなりつつあるのでそちらの仏壇にシフトしたい
気持ちも正直ある。

しかし、伝統型仏壇の市場が1パーセントあるならば仏壇やを続けたい。
伝統型がゼロになったら、愚息に引き継ぐのか悩むかもしれない。

仏壇専門店の必要がない。
昨日の講義は、考えさせられる内容であった。

日銭は、欲しいが専門店としての矜持もあるので、
仏壇は、伝統産業があるからこそ仏壇なのだと思っている。

ま、そうでない仏壇も無論たくさん扱っているので
偉そうなことは言えないが。






  


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2017年06月27日

本来の姿に戻りました。

声が低い、そのため、電話で男性に間違えられること数多・・・。
最近は、面とむかってお客様から「息子さん」と言われた。

いろいろと間違っているので「はい」と返事もできず、
「息子の嫁です」と答えた。お客様はまずいと思ったのか

苦笑いをしている。
おおよそ、あっていれば返事のしようもあるのだが

性が違うと訂正しないわけにもいかず、髪型をまた短くしようと思うが
益々、性差が不明になるので、訂正回数が増えると面倒なので

髪の毛を伸ばそうと思う。
私は、今生において結婚をするという選択をした。

そのため、独身時代は、ド近眼眼鏡ではなく、コンタクトをして、スカート履いたり、
髪の毛を長くのばしてユルイパーマネントをあてたりしていた。

一応、目的をはたした現在は、本来、自分がしたいと思う格好をしている。
それを、諦めたとか、中性化しているというのならば、それでもよい。

人からどう見られるか、よりも自分がどう思うかを優先すると
こういう状態になる。

時折、お客様で私と同じ年で短めのフレアースカートに優しそうなブラウスを
着て、美容院も月1回行ってます、お化粧もちゃんとしてます的な女性をみると

素敵だなと素直に思う。




  


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2017年06月26日

丁寧語で怒鳴るという技。

礼法を教えていただいた先生から
子供に接する際にも丁寧語を使うと

良いですよと教えていただいた。
先生も子供に何か陶芸やら、お稽古をつける

際は、大人と同じ対応をするそうである。
すると、子供はこどもなりに、きちんと対応しよう

という意識をもってくれるそうである。
ドキュメンタリー番組でも、野村萬斎さんが

息子さんにお稽古をつける様子が放映されて
いたが、ものすごい形相で怒り、怒鳴りながら

でも丁寧語であった。
それが益々怖さを助長していた。

「ちゃんとやってくださいよ~」と怒鳴っているのだが
穏やかで品の良い萬斎さんが、鬼の形相で迫力があった。

私も、愚息の宿題を監督する際は、
野村萬斎さんの着ぐるみを着る意識で

鬼の形相で丁寧語で怒るようにしている。
狂言師のお子さんは、3歳で舞台にたち、演者にさせるのだから

親の意識は大事であると思う。







  


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2017年06月25日

150円の幸せ。

近所の百貨店の地下にあるジューススタンドの150円のバナナジュースに
幸せを感じる。

出入りしている健康飲料を毎週配達してくれる若いお姉さんも同様に思っているらしく
家族4人で150円のジュースを飲むと600円かかるので

うちにとっては贅沢品なのですよ。なんて話しをしていた。
その話ししていると、いつもお茶にいらっしゃる懇意の方が

「私は、あそこのジュースは飲めないの。あそこでは物も買いたいものがないのよ」
という意見が飛び出てきた。

「ええ、あそこで買うものがないのですか」と、驚き「どこで買うのですか」
と問うと東京の百貨店まで行くとのことであった。

おそらくジュースもフルーツパーラーの1杯800円くらいのジュースでないと
満足ができないのかもしれない。

その方は、ランチも料亭でいただいており、私などは、知ることができな
世界で生きていらっしゃる。

私は、150円のジュースで満足でき、買い物も市内で満足している。
所得の多い方は、私が知らない世界を知っているのだと思う。

自分で稼いで、その世界を見ることができるならば、見てみたい気持ちもある。

配達業者のお姉さんが、家族で150円のジュースを飲むことで非日常を
味わい、幸せを感じるというのは、私も共感できる。

雨風しのげて、お塩かけご飯が食べられて、伴侶がいる人ならば、
どんなへんな夫(妻)でも自分の夫(妻)が良い。(教えてもらった名言)

何事も、足るを知るであると思う。
身の丈にあった生活を心がけようと思う。




  


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2017年06月22日

ケチばかりだ。

お昼は、買って店で食べるか、外食している。
お弁当持参でも良いのだが、夫が弁当嫌いなので

自分のためにお弁当つくるのも面倒なので
弁当は持参しない。

今日は、専務が「昼なにか買ってこようか」と言うので
珍しく、おごってくれそうな雰囲気であった。

遠慮がちに「サラダとあんみつ買ってきてください」と言うと
「ダメだよ、ダメダメ。あんみつ高いんだから、二つ買うと500円するでしょう」

と、言いだし二つはダメでどちらかにしてほしいと言われたので、
500円玉を自分の財布から取り出し渡すと、すんなり買ってきてくれた。

従業員に500円も出せないのか、ここの専務はと思うが、
とにかく、ケチなので出せないらしい。

よく考えるとケチにご縁があるようで、ケチな専務、ケチな夫、
前の組織で仲良かった同僚も同様にケチであった。

その同僚にいたっては、コンビニの当時180円のソフトクリームを買う際
持ち帰り用のフタのモナカなんて食べないから必要ないと思い

店員さんにフタは、いりませんと断った。車にもどると、同僚から本気モードの怒りで
「なんで、モナカのフタ貰ってこなかったん、あれも食べられるやろ」と

関西弁でネチネチ言われた記憶がある。
どうやら、私はどこにいってもケチと縁があるらしい。

どうでもいいことだが、専務は、サラダは、買ってきてはくれるが
別売りのサラダのドレッシングは買ってきてくれない。

「ドレッシングがないのですが」と聞くと
「30円くらいするでしょう。高いんだよね、冷蔵庫にタバスコと塩があるから」

と意味不明な返答をしてきたこともあった。
それ以来、ドレッシングの買い置きをしている。


  


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2017年06月21日

勘も商売上のツールである。

sisii(シシ)のシングルライダースのジャケットとトレンチコートを持っている。
若いうちから、買い足し現在に至る。

前の職場の上司から、アウターと靴と鞄だけは、自分の買える範囲で
良い物を買うと良いと教えてもらった。私の買える範囲とはいいにくが

身分不相応だが、長く着られるので元はとれている。

sisiiのトレンチコートは、私が買おうか、買うまいか悩み続けて
数年経過した。昨年えいッと決断し買ったときは悩み始めたときから起算すると価格が2倍近く

あがってしまっていた。良質な素材が手に入りにくくなった為との説明であった。
悩んでいる最中に買うチャンスを逸失してしまっていたのだ。

なんでもそうだが、チャンスというのがある。
私は、勘で動くと良い結果が出ることが多い。

しかし、欲にかられ、その勘を打ち消してしまうことが多々ある。
その結果、自分に損害が出たり、後悔したりすることが多い。

なので、私は、勘を大事にしようと思う。
商いも同様で、これはうちで取り扱うとダメだなと潜在的に思っていても

売上が悪いと、欲に負けて、勘を無視して、性善説に基づき
動き出し、スカッと軽やかに裏切られたことがあった。

これを経験してからというもの、あらゆるものの事象の始まりに
人や商品に対し、自分がどう思ったかを大事にしている。

どうでも良いが、トレンチコートは、もっと早く買えばよかったと思う。






  


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2017年06月18日

幸薄顔。

義母と会話していると、よく出てくる言葉がある。
「あそこのうちの嫁さんは、器量は悪いけど、愛嬌があるよね」とか

「あそこのうちの嫁さんは、愛想がいいよね」とか
「あそこの嫁さんは、ニコニコして愛嬌があるから感じがいいね」

とかである。愛嬌とか愛想とか、あそこの嫁さんは・・・・。
被害妄想かもしれないが、うちの嫁さんは「愛嬌がない」という意味にもとれる。

義母と何年も暮らしていて、愛嬌、愛想、ニコニコしている、という
言葉が気になって仕方ない。

私は、昔から「素の時の顔が怖い」「話しかけにくい」とか
「話してみたら面白い人であった」とか、よくよく言われる。

それは、愛嬌がないからなのかもしれない。
愛嬌って一体なんなのであろうか。

ニコニコしていれば良いのか、本心で笑ってない人の
笑顔ほど薄気味悪いものはない、とくに私のような者は。

仏壇やの店員が、いらっしゃい、いらっしゃい、なんてニコニコ
していたら不謹慎な気もするが・・・。

以前の組織に入社した際に、先輩方が私のことを根掘り葉掘り
同期に聞いていたらしく同期から「あなたのことを聞かれたので答えたよ」

と言われた。なぜ、本人に直接聞いてくれないのかと思った記憶はある。
おそらく、話しにくい雰囲気を持っているのであろうと思う。

愛嬌って、いったいどうしたら、出てくるのであろうか。
幸い、話すと、良い人、面白い人、変わった人、とか言われるので

良いのだが、私自身、人見知りがあるので、なかなか、話しかけられないので
誤解したまま、離れてしまった人も沢山いると思う。

ニコニコ顔になりたいが、うちの親戚に目が常に笑っている
幸せ顔の人がいる。日ごろはいいのだが、不幸があった際

あの人うちの不幸のとき笑っていたよね、と言われているのを聞いたことがあり、
それはそれで、誤解をうけるかもしれない。

愛嬌が常にあって、幸薄顔の私からすると羨ましいかぎりだが。
  


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2017年06月16日

6月16日の記事

昨日は、午後から自宅の庭の草むしりを

実母に手伝ってもらい二人でやった。
慣れない庭仕事、暑いし、大変だし、

とりあえず、草刈り機で手当り次第
草やら小枝やらを刈った。刈った草を集めてみたら

20㎏になった。
しかし、まったくもって庭は綺麗ではなく

ところどころ、草が残り、虎刈りみたいな
感じになった。

夫が帰ってくると私の苦労など知らずに
「何かに荒らされたあとかと思った」

と言い放った。
プロに頼めば綺麗に仕上がるが

お金がかかる。
うちは、お金がないので自分でやるしかない。

実母が草苅り機を使いこなす私をみて
「実家にいたときは、そんなことやらなかったのに
よくできるね」と言った。

「うちには、お嬢さん、お坊ちゃん育ちの人しかいないので
私のような雑草育ちの人はいないのでね、私がやるしかないのですよ」

と言うと実母は苦笑いして何も言わなかった。
私の叔父が結婚式当日に「えらいところに嫁に行ったな」と

言ったそうだが、今となってはこの言葉の意味が理解できる。
家族のなかにも階層があって、お金を管理する人が一番強いと思う。

だから、世の女性は、旦那さんの給与など管理するのであろう。
頭の良い男性も良いが、ほどほど計算のできないお気楽な男性も

結婚相手としては良かったかもしれない。
  


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2017年06月12日

育ちが悪いのでね。

義母から食事係を仰せつかり3年目が過ぎようとしている。
義母がつくる食事は、豪華であった。

朝食は、魚沼産コシヒカリのご飯、魚がメイン、おひたし、野菜炒め、
香の物、味噌汁が毎回セットであった。

食後は、珈琲と果物が毎朝出てきた。
イチゴであったり、マンゴーの賽の目切りであったりと

とにかく、食事はきちんとさせたいというのが
日課だったらしい。

私が嫁ぎ、同居をはじめたころは
今時分の季節ではしりの茄子が出始めていたので

焼きナスが毎朝出たのを覚えている。
朝晩の食事が苦痛に思うときもあった。本当に申し訳ないが・・・。

夕食は、もっと豪華で、すき焼きに殻付の焼牡蠣、
なんて日もあったり、ステーキも高い牛肉を買って焼いたりしていた。

毎晩、お刺身は買ってきていた。毎日スーパーと近所の八百屋で買ってきており
ざっとレジ袋のなかのお品を計算すると数千円はかかっていたと思う。

義母に「食費は、毎月、〇〇万円くらいかかっているのではないですか」
と大げさな金額をあえて言ってみたら、「何言ってるのそれじゃ足りないよ」と

言われた。年金の殆どが食費に消え、貯蓄を切り崩し(義母の貯金はなくなったそうだ)
食事にまわしている現状がわかった。

夫から結婚する際に「我が家の食費を削る努力をしてほしい」と
言われたことを思い出した。確かに食費の部分が大きすぎて

年金のみに依存していれば破綻家計である。
私が、食事係になり、おかずはメイン一品(野菜と魚か肉)、サラダ、果物はたまに、

お刺身は、ご褒美といった感じでしめているので
食費は、義母の時よりも、月〇〇万円は減っている。

食事は大事だが、生活にかかるお金は食費だけではないので、
病気やケガのときのお金や、自宅の修繕費なども溜めておかないと

いけないので、切り詰めて生活しようと思う。

私は、育ちが悪いので、粗末な食事でも気にならないが、お嬢さん育ちの
義母は、きっと苦痛であると思う。

娯楽ではなく、生きていくための食事として
我慢してもらいたい。


  


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2017年06月11日

手抜きしたい。

結婚する前は、長らく一人暮らしであった。
そのため、ご飯を食べるというよりは、

エサであった。粗末な食事で済ましていた。
たまに焼肉が食べたければ、肉やさんで、高めのお肉を少量買って

ガスコンロの前に椅子を持っていき、ご飯とお茶をガス台の上に置いて、
フライパンの上でお肉をひとり焼きながら食事などもしていた。

今は、家族がいるので、食事もある程度きちんとしたものを作らねば
と思うが、私は、エサで十分であると思っている。

愚息が巣立ち、夫が旅立ち、一人で
食事できる日がきたならば、またエサの食事に戻りたい。

あと何年の辛抱であろうか。



  


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2017年06月09日

不安な日々。

今だけを考えて生きていこうと思うが、
不安なことばかりで、夜になると「どうしたものか」と

悩んでいる。目下、大きな悩みは、もし、平均寿命まで
生きられるという前提のもとであれば老後は、独り身になっている。

夫が平均寿命で旅立ったのち、20年は独り暮らしになる。
そうなると、あの家で独りで暮らし困るのが、車の運転ができなければ

立派な買い物難民である。病院は、近場に県立の大きなものがあるが
そこから、最期の砦である大病院にまわされれば、大変なことになる。

庭も小さいながらあるので、草取りや植木の手入れもしなければならず、
ご近所さんは、道路脇の草取りをしているので、慣習によってそちらもせざるをえない。

ご近所さんは、同居の方が多く、独居はいない現状である。独居では生活できないかも
しれない・・・。

夫より長生きするならば、夫の残してくれたお金(あるのかも不明だが)
で中心市街地に引っ越しをしたい。なぜ、ここに自宅を選んだのか、夫を問い詰めたいが、

地価が高い時代であったので、あまり便利な場所は予算的にも
厳しかったのかもしれない。

車がなくとも、生活ができるという条件のもと自宅を考えないと
大変なことになる。

老後があるのか、ないのか、神様にしかわからないが、
とにかく、不安な自分がいることは確かである。



  


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2017年05月31日

お盆準備。

山田さんが、3階のバックヤードから提灯おろしてきて
並べはじめた。

とうとう8月のお盆がくる。
小物が売れるので楽しいが、

大きな仏壇は売れないので、忙しいわりに
売上はいかない。

毎月お盆のように小物が出ていれば
仏壇やも悪い商いではない。

だがしかし、日ごろは閑散としているので
図太くならないとメンタルをやられてしまう。

私も店に入って3か月目くらいから
眩暈が出てしまい、起きることもできなくなった時期があった。

食品のようにポンポン売れるものでもなく
じっとりと待つしかなく、待つのが仕事のようなので辛い。

自営なので辞めることもならず、ここで生きていくしかない
という辛さ。

大きな組織の傘の下ならば守ってくれる
人達がたくさんいるが、個人経営では

風雪を全て自分で受けなければならない。
これは、思っている以上に辛い。

今は、諦めと、慣れで平気になった。




  


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2017年05月29日

あ~、面倒くさい。

洗濯物がなくなることが多々あった。
義母が日中洗濯物を取り込んで

たたんでおいてくれるのだが、
ご丁寧にしまってくれるのだ。

そのしまうという作業に問題がある。
私の気に入っていた靴下がなくなり、探しても

ないので諦めていると、あるとき、ふと
愚息のタンスから出てきたりする。

夫などは、3足組の靴下がなくなり
根っからのケチなので、ひとりで大騒ぎをしていた。

「どこにやったんだよっ」と年老いた母を責め、
私に探せと命令をだし、暴君極まりない。

私は、物に執着がないので、「買えば良い」と言い
相手にしない。

するとある日、義母の部屋の納戸から、きちんとたたんだ状態で
夫の靴下が3足見つかった。

それ以来、納戸をブラックホールと名づけ、洗濯物がなくなると
そこを見ると、見つかることが多くなった。

義母は、所有者がわかりにくい洗濯物は
暫定的に納戸に仕舞うというルールがあるらしい。

最近は、自分のものを納戸から探すのも面倒くさいので
自分と愚息の洗濯物だけ取り込み、畳んで、しかるべき場所に

自分でおさめているので、ストレスはない。
夫も最近は、洗濯物の行先に検討がつくので

騒がなくなった。そうやって、折り合いをつけて
生活するのが、完全同居というものだ。

大変だね。



  


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2017年05月26日

虚栄。

愚息がお世話になっている塾に行くと
毎回、思うのだが、通ってくるご子息様方は、

良いお洋服をきてらっしゃる。
うちの愚息は、いただきものの

お古で、友人の子供が着た物を
着ている。その友人もどこからか、いただいた

お古のようで、すでにズボンのタグには
2人くらいのお名前が書かれている。

うちの愚息の名前を3人目として書き込んで
利用しているので、色褪せ、シミもある。

ただ、毎日お洗濯をし、アイロンをかけるものは
かけている。なので問題はないし、清潔は心がけている。

しかし、塾のお子様方を見ると、私がやっとこ10回払いで買った
コートと同じブランドのものを着ていらっしゃるお子様もいたりする。

私もときには、見栄を張ってやろうと思い
店の近くのデパートへ・・・。

トラッド系のブランドがあるので買おうと思い値札を
見ると、Tシャツ6千円。ポロシャツ9千円。ブルゾン2万円。

店員さんに、「ああ、高いものなんですね~。素敵ですけどね~」と一言発し
静かに会釈をして、店を出た。無理だ、経済的に無理がある。

夫に「私の収入では、身分不相応なので買えない」
と言うと夫は、「いいんだよ。お古で。お古で十分。」

と言われ、結局、愚息はお古を着ていくことになった。
身の丈に合った生活をせねば破綻するだけである。

お古が良い。
友人たちに感謝である。



  


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2017年05月25日

私は、どうやら妥協のすえの産物だったようだ。

私が言うのも図々しいが、私の父は色白で背も高いハンサムな人だ。
俳優で似ている人を何人かあげることができる。

父が年頃になると「うちの娘が嫁に行きたいというのだけど・・・」
という相談を祖父は受けていたそうだ。

しかし、実際に結婚した人はうちの母。
私もあまり触れてはいけないと思っていたので

触れなかったが、なぜ、母と結婚したのか・・・。
掃除は苦手、物は捨てられない、頭もよくない、

見た目もよくない、性格は男まさり。
何ひとつ魅力がない。

その選択肢でなくて良かったのでは、と
自分をも否定する疑問を持ち続けていた。

先日、長年の疑問をぶつけてみた。
父は、ハンサムでもてたらしいが、

なぜ母と結婚したのか、経緯をしりたいと。
その結果、予想だにしない答えが返ってきた。

父は、母の姉である伯母に恋していたそうである。
伯母にふられ、母と結婚したそうで・・・。

悲しい事実だが
私は、妥協の末の産物であることが判明した。

伯母は、色白で、母が言うには、若かりし頃は美人であったそうだ。
頭もよくて、しっかりしていて、きちんと料理もする人であった。

しかし伯母は、霞が関に勤務する人と一緒になったので
父など相手にしなかった。伯父さんは、見目こそ普通だが

優秀な方で素敵な人であった。
伯母は、母が父と結婚したときに「わが妹が引っ掛かかるとは・・・」

と、ぼそり言ったそうである。
その言葉の意味を母は、結婚後思い知ることになる。

とにかく、モテルがゆえの問題に悩まされていた。
小学生の時、問題解決のために現場に2度ほど

連れていかれたことがある。
どういう母親だ、と思うが、そういう母親なのだ、悲しいかな。

見た目なんて、どうでも良い。安定した生活、地味で質素な生活
ができれば、最高である。

結婚後3年もすれば、感情などなくなり、共同生活になるのだから・・・。
  


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2017年05月21日

相思相愛が大事なんだね。

昨晩は暑くて眠りにくかったので、愚息の寝息を
聞きながら、一人静かに横たわりテレビなどみていた。

大道芸人のドキュメンタリーをやっていた。
満身創痍のお体で、踊り続ける、年嵩の男性は、

大道芸人というよりは、儀式のようなイメージで
笑い、というよりは観る人々の魂の浄化ではないかと思えた。

笑いではなく、泣いている人が多いのだ。
この方の芸は、潜在的に抱えている辛さや悲しみを

浮き上がらせるのではないかと思った。
凄い人。ただただ、そう思った。

この方は、おそらく、稼げるお金は、僅少であっても
踊ること、表現することが好きなのであろうと思う。

好きなものを一心不乱に取り組む姿に人は心うたれるのかもしれない。
私は、今の仕事が好きか、と問われると、サービス業は不得手で積極的選択肢ではない

お仕事である。人と接しないところで事務をしているのが
好きだ。仏壇屋の仕事が楽しくて仕方ない時期があったが、その時は、毎日が楽しくて仕方なかった。

やはり、相思相愛にならないと良い循環は生まれないのだと思った。
この仕事に誇りをもち、好きになろうと思う。


  


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2017年05月20日

仏壇を買う動機づけ

人が物を買うときの動機づけの一つに
人から見られるから、というのがあるのではないか、と思っている。

例えば、人寄せがあるから、仏壇もある程度親戚に
見られても恥ずかしくないもので、というお客様が時折いらっしゃる。

逆に、仏壇は、人が自宅に来ないから、安ければいいです。
という方もいらっしゃる。

その昔、仏壇の黎明期は、ある一定の人しか持つことができなかった
物であり、現在のように誰でも、もてる物ではなかった。

最近は、また、そういった黎明期に戻りつつあるのではないかと
思っている。持てない、ではなく、持たない、という意味での違いはあるが。

それはそれで、時代の流れであり、抗うことはできないので、
それなりに商いの方向性を変えていかなければならないと思っている。











  


Posted by 仏壇や at 10:52Comments(0)