2018年09月22日

9月22日の記事

以前のことだが、お客さまがお線香を買いに来られて、
その方は、昔から香木の線香をおつかいで、

長年、決まった銘柄のお線香を浮気もせずに
買い続けている。

そのお客様と会話している最中に別の若いお客様が
お見えになって「煙と香りの少ない線香ください」と言われ、

「これ如何ですか」と香りと煙ほぼなしという線香をすすめた。
それを傍らでみていた香木線香一筋のお客様が

「えっ香りなし、煙なしって・・・それって何なの」と怪訝そうな、
顔をされたので私も困ってしまい「それは何かと問われれば練棒です」

と言った。するとなんとなく皆、笑いがおきて
「練棒ですよ。香りも少ないし、煙もすくないし。だけど線香というカテゴリです」と

私が改めて言うと香木一筋のお客様は「時代ね」と優しく呟いた。
私もそう思うのだ。線香とは、伽羅、沈香、白檀などなどをふんだんに

つかった線香が線香と思いたいが、香木は稀少だし値段も高いし、住宅事情や、いろいろと
変化している。仕方がないことなのだ。

線香メーカーも生き残りを考えれば、あらゆる需要にマッチした線香をつくるのは
仕方ないと思う。

練棒だってご先祖様に手向ける気持ちは、変わらないと思う。
結局、若いお客様は香も煙も少ない線香を買ってくださった。

サンプルとして、沈香の高いお線香をさしあげた。できれば、お墓参りで
ご先祖様に沈香の香食を差し上げてくださいと。

  


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2018年09月21日

9月21日の記事

仏壇メーカーの営業さんが、カタログを持ってきた。
「新しいカタログできました」と何気に置いたので、

雑談しながらペラペラ捲っていたら、
「これ絶対売れる」という仏壇があった。

営業さんに「この仏壇、仕入れたいのですが」と
言うとi-padを操作しながら、

「それは、売れていて次の次の仕入待ちになります」
と言われた。

力強く言うが、よくあるパターン。
売れる品は、営業さんも絶対にすすめてこない。

すすめなくとも、捌けてしまうので、あえて推しにしない。
すました顔で、「じゃ、次回の次回分に予約しておきますね」なんて言われる

始末である。だいたい、「これいかがですか」と営業さんから言われる
仏壇ではなく、「これがいい!これが欲しい!」という仕入をしないと売れない。

売れない品を売られても結局売れない。
売れない物は、おそらく売れないのだ。

何度かそういう経験がある。

洋服だってそうではないか、買えないけど、ネットショッピングのサイトを
暇つぶしに眺めていると「これいい!!」と思う品は、在庫なしが多いような気がする。

自分が良いと思うと、世の中の人も少なからずや良いと思うものらしい。
なので、あまり営業さんが力強くすすめてくる仏壇は仕入れたくない。

ただ、稀に気にいる品もあるので、仕入たりもするが。
自分だったら、買いたいか、材料は良いか、デザインはどうか

を一番に考えて仕入れている。
ただ、うちには、専務仕入もあるので、

そちらは、値段勝負になっている。


  


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2018年09月20日

9月20日の記事

落ち込むとき、
相方の歯ブラシを間違って使ってしまったとき。
朝からどんよりしてしまう。
使ったことを、相方に話すとおそらく相方も
どんよりするので、静かに、洗って現状回復しておく。

落ち込むとき、
愚息が飲んでいるグラスのジュースを間違って飲んだとき。
そのグラスに何か得体の知れない浮遊物が浮いていたり
するのを見たとき。
もの凄く落ち込む。

落ち込むとき、
好きな歌手のCDが200円くらいで
売られているのを見たとき。
全部買占めようかと思うほど、
せつなくなる。
でも、お金がないので、泣く泣くその場を
離れる。

落ち込んだこと。
カレー屋にあったラブリというデザートが
もの凄く美味しかったのだが、ある日メニューから
無くなっていたとき。本当に落ち込んだ。
地球最後の日の晩餐には、ラブリを選択するであろうと
思うほど好きであった。とにかく、甘くて、ドロッとしていて
優しい味で美味しかった。



  


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2018年09月19日

9月19日の記事

先日、没後50年の画家さんの展覧会に行ってきた。
素晴らしかった。全く知識はないけど、理解もできないけど、

とにかく素晴らしかった。できれば、イヤホンガイドを借りて
長い列にくっついて歩いて、説明を聴いて、じっくりと見学したかった。

絵画よりも、美術館の前にある動物園に心奪われている家族が同行
したので、落ち着いて観賞できなかった。

帰りに銀座の甘味屋で地元ならば主食になりそうな金額の
スィーツをいただいた。

器も切子をつかっていたり、漆のお椀であったり、
高価な器で出してくれたので、目でも楽しめた。

普通のあんみつでも、場所と器によっては、
800円でも仕方がないと思えるものなのだ。







  


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2018年09月15日

9月15日の記事

数年前のことだが、マクベスの舞台を観に行った。
正直にいうと、マクベスが観たいのではなく、

マクベスを演じている方のファンであったので、
その方がやっている舞台を観たかったのだ。

その方が所属するファンクラブにも入っているので優先チケットで、
前から3列目という息遣いまで感じられるくらいの距離感で

の観劇であった。
マクベスの登場人物は、10人以上が出てくるのであろが、

その方の舞台は、5人でマクベスの舞台をつくりあげていた。
ファンとしては、お慕いしている方が多く登場するというのは、

嬉しい限りだが、舞台も終盤にさしかかってくると
この観客人数に対し、演者5人。儲かりそうだな・・・。

などと、下衆な考えが浮かびはじめた。
日頃、仕入れと売上という軸で考えているので、

仕方がないのだが。
相方も同行したが、

主演する演者にも興味もなく、
マクベスにも興味がない。

仕方ないのだが、暗くて、暖かくて、
そのうちにはお辞儀した姿勢で眠りをはじめた。

演者の方が舞台のギリギリに立ち
セリフを言いながら相方を観ていたように感じた。

前から3列目、目と鼻の先で演じているのに
寝ている人などおらず、目立っていたに違いない。

相方とは、趣味が違うので、同行するとつまらないらしく
寝ていたり、つまらなそうにしている。

Tokyo Incidentsの解散前のライブもやっとの思いでチケット
を買い、ライブに参加したが、相方は、ずっと椅子に座ったままであった。

勿体ない。
  


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2018年09月07日

9月7日の記事

ごきげんよう、って実は万能であると思っている。
おはようございます、こんにちは、こんばんは、

全て、「ごきげんよう」で済むではないか。
性別もなく、誰でも「ごきげんよう」「ごきげんよう」で

良いらしい。素敵な挨拶である。
茶道や香道のお稽古のご挨拶もごきげんようである。

茶道先生 「ごきげんよろしゅうございます」
私   「ごきげんよろしゅうございます。本日もお稽古よろしくお願い致します」

となる。
続けて、時候の挨拶が入る。例えば、先生が

「庭の萩もみごろですね。」というご挨拶が入ったり
時節によっては、入園、入学、卒園、進級などのネタも入ってくる。

「もう、坊やは入園かしら」とか、「進級しましたね」とか
そういった具合である。

香道の先生は、指建礼で「ごきげんよう」とご挨拶をし
同様に時候の挨拶が入る。

ごきげんよう、と発している自分は、一体…。と思うことが多々ある。
先ほどまで、自宅で、「おりゃーこらっー」とか怒鳴っていたり、

低い位置の引出は足で閉めたりもしている。
そんな人が、数時間後には、

「ごげきんよろしゅうございます」なんて言っているのだ。
ダメだな自分。




  


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2018年08月31日

8月31日の記事

今年もやってきた相方からの誘い。
相方の仕事関係の親睦会の旅行が毎年秋にある。

日程表と観劇の予定表を片手に
「今年はどうする、参加する」と問われる。

周りの方々は家族で参加される方が多いらしく、
相方だけ毎年一人参加では可哀相かなと思い

数年前、旅行に参加したことがあった。
内容は、劇団四季を観劇し、その後

銀座に移動し食事をする。その後、夜の銀座で自由行動という
ものであった。

参加の申し込みをしてから相方が、
仕事で仲良くしているKさんのことを心配しはじめた。

Kさんは、同じ仕事をしており、相方の仲良しさんである。
Kさんは毎回、旅行はお一人で参加している。

「あなたが参加するとKさんがひとりになっちゃう」
と言い出したのだ。

「はいっ????だったら私を誘うな」と言い返した。
「銀座の自由行動だってひとりで結構です!!!!」

と言ったら、本当に当日夜の銀座にひとり放置された。
相方はKさんと高級そうな店が並ぶ歓楽街に後学のためと

散歩に行ってしまった。
それ以来、親睦会の旅行には行かないと決めている。

毎年、旅行の募集がかかると、相方は、自分が行きたいのと、
他の方々は家族旅行もかねているので

家族つれが多いためか、私に対する後ろめたさからか
パフォーマンスとして、私に「行かない?」ときいてくる。

相方の心の声は「行ってくれるなよ」であるとわかっている。


良さそうな観劇鑑賞であると「行きたいな~行ってみようかな」と私が言うと
「たいしたことないよ」とか、「きっとつまらないよ」とか

ネガティブな言葉を投げかけ行かないように誘導している。
だったら最初から誘ってくれるな。

そして、毎年だが、旅行から帰ってくると
500円程度の観劇鑑賞の劇場で売っていそうな

土産を片手にほろ酔い気分で帰ってきて
「いや~今回の舞台も良かったよ。本当に一流の芸だねあれは」と

語りだす。「つまらないのじゃなかったのか、たいしたことなかったはずだが」
と言い返すと。ほろ酔いの相方は、記憶が薄れているのか、ずっと

観劇鑑賞の自慢をする始末である。
こういったとき私の頭のなかでは、

シュガーのウェディング・ベル
のあの歌詞だけがグルグルと回っている。


わかる人だけにわかってもらえればいい。




  


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2018年08月30日

8月30日の記事

暑さとしんどさで思考が停止状態であった。
その間にも繁忙期と言われるお盆がやってきていて

頭はボーとしているけど、手は動かさないといけない。
しかし、頭がボーとしている。

帳簿の計算がままならない、専務に
「暑さで頭がボーとしていて帳簿の計算がままなりません」

と言うと「昔からそうだったでしょう」と言われ、
そういえばそうだったと思い落ち着いた。

最近、専務ではなく相方の問題なのだが、
うちは、私が小遣い制、食費も週の初めにもらってやりくり

している。
しかし、どう考えても足りていない。

相方に陳情すると「無駄遣いが多いのだよ」と言われ
一蹴されてしまった。

よくよく考えると状況が変わっている。
愚息の弁当がはじまり、果物の持たせるとなると

果物は、世帯収入の低い我が家にあっては、贅沢品である。
贅沢だからと言って、庭にある木イチゴだの庭のイチジクだの

畦道のどどめの実だの持たせるわけにもいかない。
仕方ないので、店で思いきって果物を

買っている。そりゃ食費が足りなくなるわけだと思う。
そこで相方に「食費が大変だから昼は弁当持ちにしよう」

と持ちかけてみると「断る。弁当はいいや。」と言われてしまい、
結局、食費のなかから、相方に昼代を渡している。

考えると毎日500円(私がほぼ毎日仕事のため)渡すと1か月で15000円にもなるでは
ないか、それを少ない食費から出しているのだ。

なので今日は、昼飯代を別に欲しいと直談判しようと思っている。
余談だが、愚息には、冷凍食品は高いので

買えないため、夕食の残りや頂いた野菜などできるだけ
手間はかかるが、食費の安い弁当を持たせている。

愚息に「今日の弁当美味しかった」と聞くと
100%「うん。まずかった。」と返してくる。

自身の名誉のために言うが、
私はそれほど、料理下手ではないと自分では思っている。  


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2018年07月26日

7月26日の記事

たまの休みは、午前中仕事してから
午後は、実家に戻って

勝手に掃除をしている。
物資の少ない時代を生きてきた

親なので、なんでもため込んでいる。
何かの包装紙、紙袋、

スイカの紐は分解して保存。
領収書は、10年前くらいのものも全て保管。

洋服も同様。広めの家から狭い家に
転居しているにもかかわらず、

内容量はそのままなので
狭い家がますます物に占領されて

狭くなっている。
動線に置かれた不要なダンボールや

動線に敷かれコードなど
危険なことが多く、

こういったところは特に何も考えない母らしいと
思う。

とりあえず、動線部分は、
キレイにしてきた。

殆ど休みなどないのに、その休みでさえ
半日実家の片づけで終わってしまうので

最近は、独り言が増えている。
頼まれてやっているわけではないので、

嫌ならばヤメれば良いのだけど・・・
でも、断捨離の作業は嫌いではない。

ああ~でも、ちょっと辛い・・・








  


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2018年06月24日

6月24日の記事

自分のきめたルールに縛られている。
縛っているのは、自分なので、

中止すれば良いのだが、
やらないと気持ちが悪い。

例えば、

朝は、水拭きワイパーで掃除をサッとする。

毎朝、神棚のお榊と水玉の水を交換する。

寝る前に、足の裏をウエッティーで拭く

タオルケットとシーツは毎日洗う

この4つは、ほぼ毎日しているのだが、
大変である。

朝やるべきことをやらないと
1日気になるし、ああ、今朝は忘れちゃった・・・

と思いながら、1日を過ごすことになる。

あまり、決まりごとはつくらないほうが
良いようにも思う。

以前は、朝のみそ汁は、
鰹節を削ってつくっていたが、

もう、無理と思いやめた。
今は、粉になっている粉末タイプの

鰹節やらイリコヤら昆布が入っている
簡単出汁にした。

以外に地味な作業だが、
床に就く前に足の裏を拭く作業は、

一日をリセットする、という意識がつよいので、
やめられない。








  


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2018年06月23日

6月23日の記事

家族と暮らしていてもストレスはある。
たとえば、大きくなった雑草を引き抜いたのに、

それをまた、植えなおしてくれる愚息。
トマトとゴーヤの苗を

植えて成長を楽しみにしていたのだが、
ある日、大きくなったトマトとゴーヤの苗が

雑草と間違われて抜かれていた。
カッサカサになって地面に放り出されていた。

涙が出た。やっと大きくなったのに
そんなことをするのは、相方しかいない。

一番、お灸をすえてくれるであろう
義理姉に「トマトの苗とゴーヤの苗をどうやら

雑草と思って抜かれてしまいました」
と言ってみた。すると義理姉は、淡々と

「そういうことしたことないから、苗か雑草かわからないんだよね」
と、返され終了した。

がっくりした。
もう、野菜の苗は植えません。

お金と労力と愛着が無駄になるので。
そういえば、義理姉から

トマト、ゴーヤって札を立てておかないと
ダメだよ。と言われごもっともであると思った。

私は、田舎育ちだし、両親が家庭菜園を
やっていたので、苗をみれば、大体何の野菜か

わかる。しかし、相方は、畑の野菜の苗を
みても全然わからないのだ。



  


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2018年05月12日

5月12日の記事

独身の頃に学者肌の知人と会話していて
「親がガチャガチャしていると子供もガチャガチャするよ」と

言われたことがあった。その時は興味もなく聞き流していたが、
今考えてみると、おそらくブンカシホンのことを言っていたのでは

ないかと思う。
身近な事例では、お稽古事の先生のお子さんなどその典型ではないかと思う。

旦那さんがクラシックを趣味とし、よく家でモーツアルトなどを
聴いていたそうである。

お子さんもクラシックにはまり、現在は古典音楽の研究者となっている。
わかりやすい事例だが、そういったことなのだと思う。

親の素養が子に伝わる。

思えば、私の母などは、典型的なガチャガチャな人で
私もきちんとガチャガチャの人である。

私の家族も私の影響でガチャガチャしていることと思う。
香道の先生のように、

「まぁ、よろしゅうございますね、ありがとう存じます」という
丁寧な言葉づかいであれば、私の家族もそういった雰囲気に

なるのであろうと思う。
私の家族もきちんとガチャガチャで狂わぬ

再生産ぶりである。
こわい。

  


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2018年05月09日

5月9日の記事

最近、朝弁当作りをしている。
久々の弁当づくりである。

以前に知人と弁当にまつわる思い出を
言い合ったことがあった。

ある人は、中学生の時に部活で
心底お腹が空いてやっと弁当の時間であったので

弁当を食べようと蓋をあけた途端に
桜の木についていた毛虫が

白いご飯の上に落ちてきたそうである。
無論、弁当は食べられず

そのまま空腹で我慢したそうである。

また、ある人は、都会育ちで、一番おしゃれなお弁当を
持っていきそうな雰囲気なのだが、高校生の頃

親が弁当を毎日つくって持たせてくれたが、包みは
可愛い布袋ではなく新聞紙であったそうである。

何気に地味だが、この新聞紙で包まれている弁当というのが
インパクトが大きかった。




  


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2018年05月03日

5月3日の記事

春の展示会に参加し、各メーカーの新作仏壇を
観てきた。

ある仏壇メーカーは、通常ならば家具調仏壇で良く使われる
木材で伝統型のかさね仏壇をつくっていた。

これは、非常に斬新であり、面白い試みであると思った。
木材の色がアンティーク家具などと合うような色合いであり、

世界三大銘木の床材でも似合うと思った。
デザインも欄間などはあっさりとした彫となっており、

伝統型の仏壇を踏襲しつつ、おしゃれなフローリングにも
お畳にも合う仏壇であった。

そこの仏壇メーカーは、どちらかというと伝統型に力を置いており、
あまり攻めていないイメージであったが、ここにきて

面白い仏壇をつくりはじめている。
家具調にあっても、私は家具調仏壇に関しては

一般受けはしないようなデザインが好きであり、どちらかと
いうと、マニアック市場に受ければよいと思っている。

なので、変わったデザインの家具調仏壇が好きで仕入れているのだが、
今回もこちらの仏壇メーカーがデザインした家具調仏壇は

本当に変わっていて、「そう、きたか~」と唸ってしまうような、個性的でおしゃれ
仏壇があった。無論、仕入れた。売れるか、売れないかは、

お客様次第なのだが、私は、好きである。
今は、その仏壇がくるのを二階の展示スペースを空けて

今か、今かと待っている状態である。
あまり守りに入ってもダメだしね、

かといって、攻めすぎると危険だし、
中川の仏壇も、いっそ全面改装して

家具調が似合うような店にリフォームにしようかな、
なんて空想してみて楽しんでいる。

あくまで空想だけですがね、専務がケチで慎重だから
できません。ペイできそうにないので、残念ながら・・・。


  


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2018年05月02日

5月2日の記事

毎日の生活のなかで節約するとしたら、
真っ先に削ることができるのは、食費ではないかと思う。

しかし、体をつくる元である食費を削って良いのか
悩ましい。

店の近所にある個人の八百屋さんで、なるべく
良い品を少量買おうと思っている。

そこは、野菜、果物、魚、惣菜、刺身全てが
美味しい。

野菜と魚を買って、ついでに
刺身も買うとなると、刺身はオカズなのか

酒のつまみなのか悩む。
義母がご飯係の時は、

ほぼ毎日、刺身を買ってきていた。
それは義父と息子の晩酌のために買っていたのだが、

気の毒なことに、ケチな息子から、
「刺身は贅沢品なんだから頻繁に買ってこないでくれ」

と義母が怒られている姿をしばしば目撃した。
それでも、義母は買い続けていた。

嫁いできて同居して、義母のご飯を食べるようになって
私の手の爪は、反り返らなくなった。

これが、もし食事の変化によるものであるならば
義母のおかげであると思う。

食事は、やはり大事なのだ。

「人は食べて育つのだ」と音楽プロデューサーの方
がある日のブログのタイトルにしていたが、たしかに

そうであると思う。
当たり前のことだが、

時々忘れてしまっている。










  


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2018年05月01日

5月1日の記事

膝が痛かった。
1週間前まで

痛くてどうにもならなかった。
歩くのもきつかった。

3日くらい痛みにたえ
4日目くらいから楽になった。

ちょうど痛みのピークあたりに
四国の仏壇メーカーの営業さんが来られて

私があまり元気がなかったのか
「どうしました」と怪訝そうに言われ

「膝が痛くて仕方ないのです」と
顔をゆがめならが言うと

「体の具合が悪いと、お金よりも健康のほうが
大事であったことを思い出しますでしょう」と言われ

たしかに、膝痛の最中は、売上のことなど
すっかり忘れていた。

今はすっかり痛みも消えたので、また、売上のことや
仕入のことなど、ずっと考えている。

思えば、若いころは、健康診断で再検査なんて
受けることなど想像などしていなかったが、

今になって、徐々に不調が出てきたり、
体と折り合いをつけながら生きるようになった。

そうやって、いろいろが立ち行かなくなり
ゆるやかに老いていくのかな

と思うと自然の摂理とはなんと偉大なのかと
思う。

首の皺や皮膚のたるみなど、
抗うことなく、受け入れて現状を

認識すれば、それなりの加齢のことであり、
その時は、それが一番美しいのだと思う。

紫陽花も、若い勢いのある青よりも、枯れかけた
アンティーク色になった紫陽花のほうが儚げで美しいと私は思う。







  


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2018年04月22日

4月22日の記事

外食すると一番おうちのご飯と違いを感じるのは、
味噌汁だと思う。

マクロビの店では、味噌汁は
昆布とドンコで出汁をとっているので

出汁のインパクトは薄いものの味噌の
塩分が強めで美味い。

わけもわからぬが、
宮沢賢治先生のお気持ちがわかる
ような気もする。

味噌と玄米と少しの野菜。


ちょっと高めの料理やの味噌汁は
鰹出汁や煮干しなどの魚系の出汁が

品よく出ていて、これまたうまい。
料理は、シンプルで良いのだと最近思えるようになった。

勝手に師匠と思っている土井善晴先生の
『一汁一菜でよいという提案』を読んで

白米と具だくさんの味噌汁。
これだけでも十分ご馳走になるのだと・・・。




  


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2018年04月16日

4月16日の記事

部屋の入り口のところに行事の日程を書いて貼っておいた。
そのうちには、貼ってあることすら忘れてしまい、

その日になり、ふと、ぎりぎりの時間で思い出した。
結局、その貼り紙は意味がなかったように思う。

私の知人は、目覚まし時計など一切使わない人である。
一緒に旅行に行く際も、早朝の時間にもかかわらず

前の晩に朝4時に起きる、と念じると起きられる
そうである。

うっかり寝過ごせば、バスや飛行機に間に合わない
可能性もあるのだが、精神力で起きるそうである。

この知人は、仕事でもメモを殆どとらず、その場で覚えて
しまうらしい。私が約束の日や忘れてはいけないことなど、

メモを必死にとっていると、
「メモをとるから覚えられないのよ」と言われ、
かえす言葉が見つからなかった。

1か月前の瑣末な会話の細かいところまで
再現できるような人なので、あやふやなことや

以前の話しの続きでスジが通らないことなどあると、すぐに
指摘される。

仕事、家事、育児も完璧で、ついでにキレイ。
悪いところを探すほうが難しい。

神様はいろいろとお与えになった
ものだと思う。





  


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2018年04月12日

4月12日の記事

もう何年前だか忘れたが、
曳舟にある「ノックの帽子屋」さん

に行った。
帽子屋なので帽子を買いに行ったのだが、

セミオーダーも受けてくれたので、
形と生地と装飾を指定してつくってもらった。

私は、黒のフェルト生地で中折れ帽子を
お願いした。

ダンボールの箱の中にゴチャゴチャに綺麗な生地の切れ端やら
ボタンやらいろいろなものが入っていた。

装飾希望ならば、この箱のなかからお好きな物を選んで
もらっていいですよ、と言われたので

異国の幾何学模様のグリーンの生地とボタンを選んだ。


なんでも、ノックさんが買い集めた異国のもので、
面白いデザインの生地やらボタンがたくさんあった。

ノックさんの帽子は、個性的で実用的なのだが、
見目は、おしゃれで眺めているだけで

幸せになれる。
また、いつか、工房を訪ねたいと思う。


  


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2018年04月09日

4月9日の記事

仏壇の展示会に行ってきた。
日帰りで行ける範囲なので、

無論、日帰りだが、
経費削減のため、自家用車で現地に行き、

移動は、徒歩となる。
展示会は、飛び地のごとく点在しており、

地図を片手に、メーカーからもらったカタログやら
メーカーのノベルティを提げて、移動していくのは、正直つらい。

現地でお品をみて小物などは、その場で仕入れることもあるので、
その品を持って歩くのは、益々辛い。

一か所にまとまって展示会をやって欲しいと思う
のは、私だけかな。

今回の展示会は、新作も見ることができ、
次回の仕入れのあたりをつけ、値段を控えてきたので、

収穫があった。
メーカーのお礼品である地元の銘菓や

漆塗り風のお盆など数多の品を提げて群馬に帰ってきた。
疲れた。

  


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