2017年05月26日

虚栄。

愚息がお世話になっている塾に行くと
毎回、思うのだが、通ってくるご子息様方は、

良いお洋服をきてらっしゃる。
うちの愚息は、いただきものの

お古で、友人の子供が着た物を
着ている。その友人もどこからか、いただいた

お古のようで、すでにズボンのタグには
2人くらいのお名前が書かれている。

うちの愚息の名前を3人目として書き込んで
利用しているので、色褪せ、シミもある。

ただ、毎日お洗濯をし、アイロンをかけるものは
かけている。なので問題はないし、清潔は心がけている。

しかし、塾のお子様方を見ると、私がやっとこ10回払いで買った
コートと同じブランドのものを着ていらっしゃるお子様もいたりする。

私もときには、見栄を張ってやろうと思い
店の近くのデパートへ・・・。

トラッド系のブランドがあるので買おうと思い値札を
見ると、Tシャツ6千円。ポロシャツ9千円。ブルゾン2万円。

店員さんに、「ああ、高いものなんですね~。素敵ですけどね~」と一言発し
静かに会釈をして、店を出た。無理だ、経済的に無理がある。

夫に「私の収入では、身分不相応なので買えない」
と言うと夫は、「いいんだよ。お古で。お古で十分。」

と言われ、結局、愚息はお古を着ていくことになった。
身の丈に合った生活をせねば破綻するだけである。

お古が良い。
友人たちに感謝である。



  


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2017年05月25日

私は、どうやら妥協のすえの産物だったようだ。

私が言うのも図々しいが、私の父は色白で背も高いハンサムな人だ。
俳優で似ている人を何人かあげることができる。

父が年頃になると「うちの娘が嫁に行きたいというのだけど・・・」
という相談を祖父は受けていたそうだ。

しかし、実際に結婚した人はうちの母。
私もあまり触れてはいけないと思っていたので

触れなかったが、なぜ、母と結婚したのか・・・。
掃除は苦手、物は捨てられない、頭もよくない、

見た目もよくない、性格は男まさり。
何ひとつ魅力がない。

その選択肢でなくて良かったのでは、と
自分をも否定する疑問を持ち続けていた。

先日、長年の疑問をぶつけてみた。
父は、ハンサムでもてたらしいが、

なぜ母と結婚したのか、経緯をしりたいと。
その結果、予想だにしない答えが返ってきた。

父は、母の姉である伯母に恋していたそうである。
伯母にふられ、母と結婚したそうで・・・。

悲しい事実だが
私は、妥協の末の産物であることが判明した。

伯母は、色白で、母が言うには、若かりし頃は美人であったそうだ。
頭もよくて、しっかりしていて、きちんと料理もする人であった。

しかし伯母は、霞が関に勤務する人と一緒になったので
父など相手にしなかった。伯父さんは、見目こそ普通だが

優秀な方で素敵な人であった。
伯母は、母が父と結婚したときに「わが妹が引っ掛かかるとは・・・」

と、ぼそり言ったそうである。
その言葉の意味を母は、結婚後思い知ることになる。

とにかく、モテルがゆえの問題に悩まされていた。
小学生の時、問題解決のために現場に2度ほど

連れていかれたことがある。
どういう母親だ、と思うが、そういう母親なのだ、悲しいかな。

見た目なんて、どうでも良い。安定した生活、地味で質素な生活
ができれば、最高である。

結婚後3年もすれば、感情などなくなり、共同生活になるのだから・・・。
  


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2017年05月23日

付録のバッグ?

夫には、弟と姉がいる。
その弟には、嫁がいる。

連休中になると、皆で集まって
食事に行ったりするのだが、

その際、義理姉と弟嫁は、
ブランドやら美容やらの会話で盛り上がっている。

私は、無知なので、蚊帳の外である。
ブランドは、あまり持っていないし、美容にもお金をかけていない。

先日も、夕食を食べに出かけて
弟夫婦が帰ると義理姉が

「あのバッグ〇〇〇〇だったね」と言った
「へっ、何ですかそれ」と聞くと

「セレブが御用達のフランスの高級ブランドだよ」とのことで
なんでも、日本で買うと〇〇万円で義理姉は、

フランスの本店で〇〇万円で買ったそうだ。
私は、そんなブランドなんぞ見たことも聞いたこともないので

「あのバッグそんな高いのですか。雑誌の付録のバッグかと思ってましたよ。
聞こうかと思ってたんです。弟嫁に素敵なバッグね、雑誌のノベルティ?」って


義理姉は、やや呆れ顔で、「良かったね聞かなくて」と言われた。
私がそう思うのは、見た目がビニールで派手なオレンジ色であった為だ。

義理姉が言うには、あれは革を薄く延ばしているので、軽量で
丈夫で実用性が高いそうである。

物事知らないというのは、悪意がなくても
相手に嫌な思いをさせてしまうので注意しなければと思った。

とりあえず、義理姉と弟嫁が持っているものは、すべてそういう
物であると思わないと関係がこじれることになりかねないので

注意をしようと思う。
教えてもらって以来、近所の高めのスーパーに行くと

セレブ御用達バッグを持っている人が
多く、前橋も身近にセレブがいるものだと実感している。

お陰で、視野が広がった。


  


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2017年05月21日

相思相愛が大事なんだね。

昨晩は暑くて眠りにくかったので、愚息の寝息を
聞きながら、一人静かに横たわりテレビなどみていた。

大道芸人のドキュメンタリーをやっていた。
満身創痍のお体で、踊り続ける、年嵩の男性は、

大道芸人というよりは、儀式のようなイメージで
笑い、というよりは観る人々の魂の浄化ではないかと思えた。

笑いではなく、泣いている人が多いのだ。
この方の芸は、潜在的に抱えている辛さや悲しみを

浮き上がらせるのではないかと思った。
凄い人。ただただ、そう思った。

この方は、おそらく、稼げるお金は、僅少であっても
踊ること、表現することが好きなのであろうと思う。

好きなものを一心不乱に取り組む姿に人は心うたれるのかもしれない。
私は、今の仕事が好きか、と問われると、サービス業は不得手で積極的選択肢ではない

お仕事である。人と接しないところで事務をしているのが
好きだ。仏壇屋の仕事が楽しくて仕方ない時期があったが、その時は、毎日が楽しくて仕方なかった。

やはり、相思相愛にならないと良い循環は生まれないのだと思った。
この仕事に誇りをもち、好きになろうと思う。


  


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2017年05月20日

仏壇を買う動機づけ

人が物を買うときの動機づけの一つに
人から見られるから、というのがあるのではないか、と思っている。

例えば、人寄せがあるから、仏壇もある程度親戚に
見られても恥ずかしくないもので、というお客様が時折いらっしゃる。

逆に、仏壇は、人が自宅に来ないから、安ければいいです。
という方もいらっしゃる。

その昔、仏壇の黎明期は、ある一定の人しか持つことができなかった
物であり、現在のように誰でも、もてる物ではなかった。

最近は、また、そういった黎明期に戻りつつあるのではないかと
思っている。持てない、ではなく、持たない、という意味での違いはあるが。

それはそれで、時代の流れであり、抗うことはできないので、
それなりに商いの方向性を変えていかなければならないと思っている。











  


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2017年05月19日

空気を読めと言っても夫には無理なことだ。

愚息の遠足に夫が行くことになった。
お友達とお菓子の交換もするであろうと、沢山

小さなお菓子を持たせた。夫は、それを見て
そんなに持って行かなくてよいと文句を言う。

お友達からお菓子をもらったら、きちんとお返ししてね、
と言うと、貰った人だけにやればいいのか、と言われ

そこにいる仲間らしき大人の人たちにもやったほうが良い、
と言うと、どこまでが仲間かわかるのか、貰わなくても

その人達にやるのか、全員にやればいいのか、と
質問ぜめにされた。そういうのは空気を読んで配るものなのだが

夫は、無理であろう。なんせ、組織に属すのが苦手で
個人でできる仕事を選んでいるのだから・・・。

私が子供のころ昭和の時代は、遠足なんていったら
バスに乗るとキュウリの塩もみがビニール袋に入って

どこからか回ってきたものですよ。誰がつくったものかわ
からないけど、遠慮なしにいただいたものだがね。

それも、指をつっこんで液体に触れた状態で
キュウリをとるのだから、神経質な人もいなかったし、

アレルギーのこともそれほど気にしてなかったので、
お気楽な時代であったと思う。

今は、お菓子ひとつあげるにも、大人に了承を得てから
でないと、心配になる。

出所不明の食べ物を誰かれ構わずにまわして食べていた
時代は、よき時代であったのかもしれないと思う。
  


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2017年05月18日

ますます、しんどい。

育児、修論、仕事で大変な時節は、
人生において、今が一番大変であると思いすごして

いたが、それを乗り越えると、もっと大変な
ことが起きる。

生きるって結局、そういうことなのね。
楽しい時期は、本当に短くて、年をかさねる

ほど、大変な内容が複雑かつ一人ではどうしようも
ないことが増えてきて、考えても、どうにもならなくて

夜そんなことを考えていると、生きるって何なのか、
と思えてくる。

年齢とともに物質も満たされてくるので
それを今度は失うことの恐怖であったり、

家族が増えれば減る恐怖が常にあったり、
財産・資産がある人(私はないので良いが)は、それを

失う恐怖であったりと、常に何かに怯えて生きている。
財産・資産が親にあれば、それを分ける段階で

兄弟仲がおかしくなったりと、あればあったで、不幸に
なる。なければ、ないで後始末の負担を兄弟の誰が

持つのかで争いになる。
私も人生の折り返し地点に来たので、もし残りの人生が

等分にあるのならば、仕事を日々淡々とこなし、
愚息を一人前にし、義母を幸せに看取り、

夫も幸せに看取り、その後、一人静かに
洋裁学校などに通い、好きな洋服をつくって、

日々暮らしたい。最期は、ソファーでバカみたいな番組をみながら、
笑って眠るように死にたい。

ま、この話しを実家の母に話すと
「そんな余分なことを考えるヒマがあるなんて、ただたんに幸せボケだよ。あんたは」

「・・・。」




  


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2017年05月16日

それは、誤解です。

先日、仏壇メーカーの営業さんがきたので
「不景気ですよね」なんて会話をしていた。

私は、季節の変わり目は、若いころの
無茶がたたり、首が重くなる。

営業さんと会話していて、独り言で
「本当に首がまわりませんのよ・・・」とボソリ呟くと

営業さんが、地獄耳なのかきっちり拾って「どこの店も大変ですからね~」と返してきた
私もちゃんと会話を聞かないのが悪いのだが「本当ですよね、参りいます。本当に辛くてね」

なんて、経営状態の話しと首が重くて回らないという、
内容不一致で会話が噛みあっている状態であった。

この業界は、世間が狭いので、うっかりすると「中川さんち首がまわらないらしいよ」
「やばいんじゃね」なんて噂が広まる可能性だって否定できない。

暫くすると、私も、正気に戻り営業さんに「あの首がまわらないのは、本当に首が痛くて
まわらないのです。寝違えた時みたいな感じで」と訂正すると

「ああ、そうなんですか。首が重かったのですね」なんて営業さんが、
安堵の笑みを浮かべた。誤解がとけてよかった。

そういえば、若いころ誤解されていたことがあった。
会社勤めのころ、よく寄ったコンビニで、店長さんが、独自に考えた別のビジネスを展開しており

その話しを聞くのが面白かった。店長がレジをしながら
いろいろな店のことや新たに考えたビジネスのことなど教えてもらっていた。

ある日、店によると店長が不在であった、バイトらしき女性に
「今日は店長さんはいらっしゃらないのですか」と聞くと、

その女性は険しい声で 「店長、独身ですからっ~」  と返された。

ちょっとまって、この女性の店員さんは、日ごろ私が楽しそうに話しているのは、
店長に好意があるからと思っていたのか。誤解されてしまった・・・。

会社に行くと職場の先輩方にその話しをすると、
「わたし、そんなこと言われたら、その店行けない」という人と

「自宅から近いのだから、私は、気にせずに行く」という人に分かれた。
結局、誤解されるような行動は慎みなさいと注意された。

誤解されても、誤解が解ければいいのだが、今もそのコンビニに行くが、店長さんは
また、新たに店で試行錯誤をしている様子であった。

今は、もう興味もない。会社勤めの頃は、自営はキラキラして見えたが
自営の立場になってみると「寄らば大樹の陰」であると思う。

守られていることの有難さは、そこから離れてみないとわからない。

なんと愚かなことか。



  


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2017年05月11日

腹が立つ。

バラの花がやっと咲いた、綺麗なことだと思っていたのが数日まえ・・・
今朝バラの花をみると全ての花首が切られていた。

やったのは義母だ。
毎年のことなので「またか」と思うくらいである。

しかし、よくよく考えると私が植えた植木ばかりを
切っている。

表面上私と穏やかに共同生活を送っているが
ストレスが溜まり、はけ口に私の可愛い植木たちを切り刻んでいると

したらコワイ。
一番ショックは、川魚の燻製をつくる際に腸を抜いてそこに
ローズマリーを詰めて燻すのだが、ハーブは買うと高いので

ローズマリーの木を植えて大きくしようと楽しみに大きくなるのを待っていた。
しかし、庭の隅のめったに見ることがない場所に植えたので、たまに見ても大きくなる気配が

なかった。ある日ふと疑問に思い近寄ってみると、なんと無残にローズマリーの枝先が
切り落とされていた。それをずっと大きくなるたびに義母は切り続けていたのだ。

気が付いた私は、「ローズマリーの枝を切り落とさないでください」と強い語気で義母に言ってしまった。
すると義母は仏のような柔和な顔且つ半笑で

「あの臭い木のことね」と言った。
キーッ!!!となった。ドス黒い感情がわきおこった。

しかし、実家の祖父も姉の大事な植物を切りまくって、姉の逆鱗にふれ
祖父と姉が口論していたのを幼き日々傍観していたので、その時の姉の形相を思い出し

冷静になることにしている。
いかん、こんなことでイラついては、だから臭いと言われたローズマリーの木をもう1本植えた。

そして、臭い木である山椒の木とハーブ系で臭いと思われそうな月桂樹の木も植えた。
けっして、すごい形相で喧嘩はしない。
  


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2017年04月30日

お金のこと。

営業さんから言われ、ふと気がついたことがある。
夫婦でのお金の管理の問題について問われ「旦那さんの収入も管理しているのでしょう」と問われ

「いえいえ、結婚前に年収も貯蓄も教えませんと言われたので不明であり
夫のお金なんて知りません」

と言うと、年齢差10歳もあり、その条件でよく結婚しましたねと
営業さんから不安になるような言葉を投げかけられ、生活費はどうしているのか

と聞かれ「少額の食費と小遣いをいただいてその範囲でやっております」
と言うと益々、怪訝そうな顔をして結婚したことが不思議に思う様子であった。

私は、あまり貯金がないので、大きな買い物をする際は夫から
お金を借りて買うことが多い。

借用書こそ取らないが返済計画を聞かれるので
毎月夫が、私の小遣いとして、銀行振り込み(記録として残るので有事の際証拠になるから振込らしい)

をしてくれるので、そこから毎月1万円ずつ相殺という形で返済する方法をとっている。

ふと気がつと数年減額した状態が続いている。とうの昔に借りた金額
を返済していることに営業さんとはなしていて気がついた。

ありがとう営業さん。



  


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2017年04月29日

4月29日の記事

世の中には、数多の教育に関する本が出ている。
叱って、育ててはいけないとか、褒めて、育ててはいけないとか、

一体どっちやねん、とつっこみながら
本を買って読んでいる私がいる。

勉強よりも、日常生活をきちんとさせましょうとか、
3,4歳から塾に入れた方が良いとか、

まったくもって信念も理念もない私のような
母親は、翻弄されてしまう。

既出の旧帝大に入れたお母さんは、2人息子さんを育て、
お二人とも超有名メーカーに就職させ盤石な基盤で安定した生活を送っている。

そのお母さんが私に発した言葉は「3人目がいたら完璧に教育した」という
ものであった。2人とも完璧ではないですか?と言いたいところだが、

完璧主義のお母さんだから、何かしら思うところがあるのかもしれない。
育児とは、奥が深くて、欲をかけばきりがなく、放置をすることも可能であると思う。

普通の子がいいという親には、とんでもなく頭の良いお子さんがいて
「私の子じゃないみたい、普通でいいんですよ」と自慢ではなく、本当にとまどっている。

かといえば、「将来は、理系トップの職業に」と意気込んでいた
我が親戚は、思うようにいかず・・・。

望むようにはならず、望んでもいけないのかもしれないが、
親としては、将来はああなって欲しいとかこうなって欲しいとか思ってしまう。

そういえば、ピアニストの笠原先生に愚息ができたとき
「将来はヒャ〇△ンさんみたいになって欲しいです」と言ったことがある。

笠原先生は、柔和なお顔で「夢は大きいですね」と仰ったが、
今となっては、恥ずかしい。なんと大きなことを言っていたのかと・・・。

夢は、大きく。現実は、この生業をついで欲しいと思う。


  


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2017年04月28日

母親の自己満足的塾通い。

教育熱心な義理姉にすすめられ、ドリル式反復型塾に3歳になる1か月前から
愚息を通わせている。

とりあえず算数と国語をやっている。
まぁいいかという感じでパフォーマンス的に通っている。

塾代は、私の安月給から払っている。
夫は、小さい時は体を動かすことが大事と言っているので反対なのであろう。

愚息にとっては、宿題なんぞ迷惑な話しで
夕方になると店の1階のテーブルに強制的に

連れてこられ、国語1、算数2の3セットをさせている。
寝てしまったり、体調悪かったりするときは無理強いはしないが

とりあえず、勉強するフリでもいいので習慣にさせたいと考えて
いる。

そこで登場するのがご褒美だ。
この宿題をやったならば、これで遊んでよいと

ご褒美をちらつかせると、俄然やる気を出す。
ご褒美の力は偉大だ。


本当は、野山をかけめぐって、川で遊んで、蟹とったり、
野草を摘んだりさせたいのだけど、今の環境では無理だ。

外で遊ぶことで、精神的に肉体的にも強くなると思っているので
本当に残念でならない。

何が正解で何が不正解なのか、子供の教育はわからないが
とりあえず、何かしておかないと自分が不安でならない。

確固たる信念がある知人のお母さんは、余分な教育費(学校以外)を一切かけずに
超難関大学に入れた。

偉大なことと思う。




  


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2017年04月24日

見て見ぬふりすることも

私からするとだが、見てはいけないものを見てしまったとき、私は心のうちにしまっておくことが多い。
例えば、義母が朝起きてきて顔を洗うと、入れ歯の手入れをする。

その入れ歯を手拭掛けに掛けてあるタオルで拭き上げ、何事もなかったかのように
また、タオル掛けに掛けるのだが、私はそれに気づいて以来、自分だけは洗い立ての

タオルを使うようにしている。夫は、何も知らないので、義母が使い終わった洗面台で
顔を洗うと、その入れ歯を拭いたタオルで顔を拭いている。

きっと、血が繋がっているから気にならないであろうと思うことにしている。
以前所属していた組織においても、ある年のクリスマスに上司が七面鳥のスモークをどこからか

いただいたらしく、昼に職員にふるまうからと言い、どこかに消えた。
私は、何気に用があり、流し台に行くと上司が一人静かに何かの作業をしていた

後方3mくらいから斜めに覗きこむと、素手で無心に七面鳥の肉をさいていた。
その後お昼が来ると、七面鳥の肉が肉片になって白いお皿に体裁よくのりまわってきた。

スモークの香ばしい薫りと、七面鳥の艶々した肉片は美味しいそうであったが、
私のところに皿がまわってくると、そのまま肉片をとらずに静かに隣の人にまわした。

勘のいい隣に座っていた方が「なぜ、とらないの?何かあるのでしょう」と
強い口調とトーンを抑えた小声で尋ねてきた。

この方は、私と近い感性なので、私が見たことを話すときっと
食べない選択をするであろうと思い、それは手間をかけてくれた上司にも悪いので

「いえ、七面鳥を飼っていたことがあるので思い出して食べられません」と小声で話した。
半分、本当で半分は本意ではない。

七面鳥を飼っていたのは、事実だ。中学生時分、従業員の方が実家の庭と田んぼが広かったので
勝手に七面鳥を放っていったのだ。

気になると気になる、気にならない人は気にならないので、
あまり言うことでもないし、私は気になるが、多くの人は気にならないかもしれない。

公言することで神経質な人だと思われるのもいやなので・・・。

  


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2017年03月11日

ひさや珈琲

ひさや珈琲

久しぶりに西片貝町のひさや珈琲さんにお邪魔した。
珈琲が美味しい当たり前なのだが。

珈琲カップもその人の雰囲気に合わせたものを出してくれるので
そういったことでも楽しめる。

記憶に残るのは、20代の頃、華のある友人と一緒に行った際には、
友人は、花が模してある華やかな珈琲カップであった、私は、クローバーであった・・・。

いつか、私も花が模してあるものを出してもらいたいと思ったが、
そういった、時期はとうに過ぎてしまい、

中年期を迎えてしまった。女性としての性差を利用した、お徳な期間も楽しみも経験することなく
おじさん化していくジェンダーレスな自分がいる。

珈琲カップも、今回は、青であった。
おそらく、紺のジャケットにブルーのストールを巻いていたので

青が来たのであろう。青は大好きだ。
珈琲店もチェーン店や外資系が多くなり、こういったゆるゆるした時間が流れる喫茶店が

少なくなり、ひさや珈琲さんは貴重であると思っている。



  


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2017年02月21日

2月21日の記事

今生において、品行方正に非ずは禍根を残すので、真面目に生きようと思い日々を過ごしている。
その影響からか、読む小説は、タイハイテキな生き方、内容の作家のものに惹かれている。

タイハイテキな内容の小説を読んで
非日常を楽しんでいる。

しかし、愚息に読む本を選択する際は、タイハイテキな生き方の作家のものは、どうかと思っている。
愚息が、本を読むことで、作家と本を通じて対話することで

影響を多少ならずとも受けるのではないかと思い、作家の選択には、できれば
真面目でない生き方の作家は、消極的選択としている。

その選択が難しい・・・。
私にとっては、大好きな良い作家なのだが、カフェの女給さんと・・・だったな、とか、この詩人は最期
奥さん以外の女性の手を握っていたらしい・・・とか。とにかく、どういうわけだかイロコイ沙汰が激しい方が多い。

愚息が大きくなり自分で読むには、名作ばかりなので、ぜひとも読んで欲しいのだが
3歳の愚息に、与える本としては、ムムっと思ってしまう。




















  


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2017年02月17日

素直に生きる人々の愉快さ

昨日は、狂言の夕べを鑑賞に行ってきた。
狂言がはじまる前に萬斎さんが

狂言の簡単なレクチャーをしてくださるのだが、
7年前くらいも同じようなレクチャーを受けたのだが

その時は、舞台の真ん中に立ち、直立不動で
斜め右の壁の時計を何度かチラッと見ながら説明していた印象があった。

今回は、話しながら、舞台を自由に動きまわり楽しそうに
説明をされていた。時計も懐から腕時計を1回取り出しただけで

あとは、時計を見ることもなかった。
萬斎さんの興味深いお話しは、

狂言に出てくる登場人物は、人のものでも、呑みたいから飲んじゃう、
食べたいから食べちゃう、

などの理性が無い人のお話しが多く、カタルシスなんだそうである。

私も自由きままに生きたならば、狂言に出てくる登場人物と同じ行動をとる
であろうと思う。

萬斎さんの舞台を毎回楽しみにしているのは、
精神の浄化作用でもあるのだと、今回レクチャーを受けて思ったことである。


もうひとつ興味深い話しは、狂言は「日常のなかの非日常」なのだ
そうである。これは、まだ理解できていない。

仏壇も実は、日常にあって、お寺が自宅にあるという
設定なので日常のなかの非日常なのではないかと

考えていたのだが、どうであろうか・・・。









  


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2017年01月26日

くだらんこと

買おうと思っていた靴が、セレクトショップの通販で25%OFFになっている。
悩ましい。東京の直営店にまで行って買う予定で日程を組んでいる。

だがしかし、ネット通販で買えば、25%引きで11,340円安くなる。
東京までの交通費と食事代等々含めると相当高くついてしまう。

ネットで買えば、その分もカットできる。
だがしかし、欲しい靴とサイズもわかっているが、他の商品もみたいし

試着もしたい。
愚息と湘南新宿ラインに乗る約束もしている。

ついでに桂花ラーメンも食べたい。
悩ましい。

気持ちの優先順位をつけるとこうなる、1桂花ラーメン、2靴、3湘南新宿ライン(愚息が楽しみにしている)
こうなるのか・・・。ならば、靴はネットで買って、桂花ラーメンを湘南新宿ラインに乗って

食べに行くという目的でも良いのか・・・・。
そこまでして、ラーメンを食べたいのか?

いや、違う。目的が違ってくる。
愚息が楽しみにしているので、11,340円引きは、忘れて
定価で良いので、直営店に買いにいくことにしようと思う。


  


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